大判例

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東京高等裁判所 昭和36年(う)288号 判決

被告人 木邨晃

〔抄 録〕

所論は、原判決には罪とならない行為を有罪と認定した違法がある、と主張するのである。即ち被告人は、もと被害者桜井市郎方に店員として雇われ三万円余の給料未払いがあり、再三に亘つてその支払いを請求したが、被害者は正当の理由なくこれを支払わないので、被害者の原動機付自転車でも持つてきておけば支払うのではないかと考え、同人所有の右自転車を持ち帰り、その旨電話で通知し、金さえ支払つてくれれば何時でも返えすから、と連絡したものである。このようにして、被告人は右自転車を処分したり、経済的用法によつて利用したりする意思は全くなく、これを不法に領得する意思がなかつたものであるから、被告人の右行為は窃盗罪を構成しない、と主張するのである。

よつて記録及び原判決挙示の各証拠を検討し、更に当審において事実の取調べをした結果を綜合してみるのに、被告人が桜井市郎に対し給料未払分二万円余を有し、再度その支払を請求した事実はこれを認められる。被告人は右桜井方に店員として雇われ中故意に同家のそば打ち機を破損せしめたので、右給料未払分から、そば打ち機破損による弁償金を差し引くについて、話し合おうということでこれを口実に右給料残の支払を遅延していた事実もあるけれども、主として手許不如意を理由として右支払に応じなかつたもので、この点について桜井方には格別正当の理由があつたものとは認められない。したがつて所論の如く自転車を持ち帰つておけば、右支払いをするだろうと考えてこれを持ち去つたという事情は一応諒とされるけれども、債務の弁済を求めたり、或はその弁済を確保するために債務者の所有物について、その占有を取得する場合には相手方の承諾を得るか、それが得られないときは必ず法律の定める手続にしたがつてこれをしなければならないのであつて、相手方がこれを承諾しないのに、無断これを持ち去るときは、不法にこれを領得したものとして窃盗罪が成立するのである。所論の如く、被告人がこれを処分したり或は経済的用法にしたがつて永久にその占有を侵奪する意思をもつてする場合に限らず、所有者の意思に反して一時的にその占有を奪う場合でもなお窃盗罪の成立に必要な不法領得の意思があるといわなければならない。したがつて所論の如く被告人が自転車を持ち帰えれば、給料の支払いに応ずるものと思い、右支払いを催す意図をもつて、或は右支払を確保するためにした場合でも、苟も所有者の意に反し被告人が無断右自転車を持ち去つた行為は窃盗罪を構成するのである。原判決には所論の如き違法はなく論旨は採用しえない。

(兼平 関谷 小林)

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